
ニュースに「日記に印で虐待『SOS』」
ってのがあり、読んでみたところ、こんな内容。
連れ子(12歳の女児)に暴力を振るってた義父が、
日記に「お父さん大好き」とか強制して書かせておって、
その女児は密かに、暴力を振るわれた日に印をつけていた。
で、ここまでは良くある話だが、この女児の学校教諭 が、
身体の痣を不信に思い、新しい痣を見つけると、手帳に記録を
つけていて、日記と照合すると、日付がほぼピタリ、だったと。
ニュースの内容だけでは詳しいことはよく分からんが、
すごいな、この教諭、お手柄!ナイス!
(女児も、義父にみつからないよう印をするのは
難しいし、勇気が要ったろう。あっぱれ!強く生きろ!)
虐待のことって、なかなか「証明」が難しい。
この女児の場合年齢もある程度高いし、虐待者が実父では
ないので、比較的、証言が取りやすいのかも、と思うが、
被虐待児って、親を庇おうとする気持ちも強いし、
「自分が悪いからこういうことをされる」と信じていたり、
証言する気があっても、脅されていてできなかったり、
特に思春期だと、他人に知られるのを格好悪いと感じたり・・・
いろいろな点で、証言が取りづらい。
裁判のような事になった時、「被害者の証言」やら
「子どもの証言」ということで、証拠が弱い場合、
親は罪を免れ、子どもは元より酷い環境に・・・ということも
ありがちだ。
この教諭が冷静に、証拠集めをしたこと、私は偉いと思う。
すぐに通報しろよ、と思う方もいらっしゃるだろう。
確かに、通報することは大事だし、
もちろん、今すぐ命の危険がある場合は、
そりゃ証拠集めをしている場合ではない。
かなり大きな「賭け」になる。
だが、そういう場合、子どもを学校には通わせないことが多いし、
身体虐待者は基本的に、「都合のいい生きたサンドバッグ」を
手放したくないのと、捕まりたくないという気持ちから、
「死ぬ」までの暴力は加えないことが多い。
死亡事件で、加害者は「前にも2〜3度殴ったことがある」
なんて言うけれど、ほぼ確実にそれは長期的に虐待した結果で、
「いつもは大丈夫なのに」時間が長すぎた、力が強すぎた、
ということ。だからこそ、死亡虐待事件は、残酷なのである。
大分前に映画で、主人公の女(演者はサンドラ・ブロックかな?)が
通りがかりに見かけた、子どもに暴力を振るう母親を
思いっきり殴って、颯爽と去っていく、みたいな場面があった。
このひとは、ヒーロー的な行いをして、すっきりしたろう。
満足だろう。二度と母子に関わることはないから。
でもこの母子には、「明日」がある。
母親は殴られた腹いせに、子どもにより酷い暴力を振るうだろう。
子どもに「アンタのせいで殴られた」と怒鳴るだろう。
安っぽい正義感で拳を振り回すだけでは、より悪い結果を招く
ことも多い。
痣に慌てて通報したが、子どもは証言してくれず、親は否認、
証拠も不十分、ということになれば、子どもは親元へ逆戻り。
親も通報されたことで、より「ばれない」ことに慎重になるし、
その辺が「ストレス」になり、暴力が酷くなることもある。
どちらにしても、「大きな賭け」なのだ。
虐待があるとほぼ判っていて、それを見守るのは、つらい。
警察に通報すれば、後がどうなろうと、自分は「責任」から、
逃れられる。そのほうが、精神的には「楽」なはずだ。
つらい選択をして女児を「守った」教諭に、「ありがとう」が
言いたいなぁ、と、元「生きたサンドバッグ」だった私は思う。
女児がこの後どうなるのか判らないが、どうか強く生きて、
幸せな大人になるように、心から祈っている。