以前、外国の掲示板で書いて、評判が良かった話をひとつ(笑)。
議題が「Beauty」で、私はこんな感じのことを書いた。
日本語には「美しい」と「綺麗」という2つの言葉がある。
一般的には「美しい」という言葉は文学的・詩的で大仰なイメージの
ように捉えられることが多いが、私は両者には決定的な違いがあると思う。
綺麗は、クリーンで整っていて、それを好きでも嫌いでも、
万人が客観的に「Beautiful」だと受け入れやすいもの。
美人コンテストで優勝する人みたいな、分かりやすい Beauty。
(これ、「綺麗人」って言った方がいいかもね?)
一方「美しい」は、もっと主観的で、且つ感情をかき立てられる
もののような気がする。
隣で微笑む恋人は、美人コンテストで優勝しないかも知れないが、
自分にとって世界一美しいひとであるはずだ。
ミス・ユニバースは宇宙一綺麗な人のはずだけど(笑)、
前回の優勝者がどんな顔だったか思い出せない。
なのに何十年経っても、初恋のあのひとは、心の中で美しいままだ。
河原のなんでもない石は、大切なひとがくれたというだけで、
世界一美しい宝石に変身する。
人が懸命に努力する姿は、たいてい綺麗ではない。
泥だらけで汗まみれで、歯を食いしばって・・・
でも、見る者の心が痛くなるほど美しかったりする。
綺麗は不完全を許さないが、
美しいものは不完全なものの中に宿りやすい。
そして「美しいもの」は、愛情がなくては見えにくい。
だから美しいものがいっぱい見える人は、きっと幸福だ。
「ものってほんとは完璧じゃないんだよね。でも、
そうしようと思えば、心の中でいつでも完璧に見えるんだよ。
だからいろいろなものがきれいに見えるんだ」
(トリイ・ヘイデン著『よその子』より)